木目1

教化・布教等

寺報「奕葉」を年三、四回発行
布教・信仰・行事案内の通信は随時発行
「禅の友」の配布

▼年中行事 ▼忌辰録 ▼佛前結婚式
▼護持会関係 ▼財団法人 久昌寺保育園

和紙年中行事
修正会(新年慶祝法会)、涅槃会(法話と飯台)、花祭(降延会)、彼岸会(春・秋)、盂蘭盆会、
成道会(法話と飯台)、観音様祀、除夜会(除夜の鐘)


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和紙忌辰録(祀られている主な人々)
新渡戸稲造家の墓所:
  "願わくはわれ太平洋の橋とならん"盛岡が生んだ偉大な国際的文化人、新渡戸稲造父祖の墓所が当寺に祀られている。
新渡戸稲造は南部盛岡藩士新渡戸十次郎の三男として文久二年九月一日(1862年)盛岡にて誕生。新渡戸家は下野国新渡戸の郷館に居住していたが、慶長の頃、南部利直に仕え花巻城主となり、文政九年(1826年)盛岡城の支配下に属し維新を迎えられました。
父十次郎常訓は禄高百五石余で、藩の勘定奉行、蝦夷地御見分役、三本木新田御用懸等を勤めました。
祖父伝・常澄は三本木野(現青森県十和田市)の開拓に従事し、開拓の祖といわれています。稲造はカナダで客死し、メリー婦人とともに東京多摩霊園に永眠しています。

画家:海野楳岳、名を邦彦。画を旗本中務郷勝川法橋藤原雅信に学び、後越前守岸岱に学ぶ。明治十年六月十二日歿、五十六歳

貴族院議員:三田義正 育英、植林、産業、経済界に貢献。昭和十年十二月三十一日歿。


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和紙佛前結婚式
 佛前結婚は、神前やチャペルの結婚式などに比べて特別な作法があるように思われがちですが、明治時代までは圧倒的に佛前での結婚式でありました。時代の変遷とともに、披露宴会場のこともあってホテルの神前やチャペルで行うのがほとんどとなってきました。
 佛前における結婚式は、お釈迦さまの教え、諭しに従い二人が愛を誓い、ご加護を念じ、あわせてご先祖への報告を行う儀式となっています。
 佛前における結婚式はお寺の本堂でご本尊の前で執り行われますが、式の次第・内容は次のとおりであります。

1.来賓親族入場
2.新郎新婦媒酌人入場
3.式師入場 式を掌る住職が入場します。
4.はじめの言葉
5.献香三拝 合掌して式師と一緒に三拝します。
6.啓白文奉読 式師が二人の結婚を佛前に奉告します。
7.酒水潅頂 式師が清水をそそぎ清浄を念じます。
8.寿珠授与 式師が佛前に供えてある白い房の念珠を新郎に、赤い房の念珠を新婦に贈ります。
9.指輪交換 式師より手渡され交換します。
10.三拝礼文唱和 式師が佛・法・僧の三宝に帰依する朗読をし、二人の結婚の成立を認める内容です。
11.盃事 三三九度の盃です。
12.新郎新婦誓約 佛前に結婚を誓約します。
13.式師示訓 式師が新郎新婦にお祝いの言葉と佛の説く道などを説法されます。
14.先祖報告 式師が結婚の成立をご先祖に報告されます。
15.普回向
16.普同三拝 式師にあわせて三拝します。
17.むすびの言葉
18.一同退場 式師について退場します。



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和紙護持会関係
 護持会指針「信仰と崇敬の心のみちびきを求めて」
平成十一年度事業計画
  1.寺の行事への参加のすすめ
  2.護持会組織の強化
  3.信仰普及
  4.研修親睦行事
      
<バス日帰り旅行>
 平成十年度は、東北大本山正法寺の参詣と名刹天台宗毛越寺、同黒石寺、眞言宗極楽寺の参詣(参加八十名)

 平成十一年度は、青森県古刹法光寺の参詣と南部藩の史跡を訪ねて三戸南部城跡、八戸櫛引八幡参詣(参加七十名)

<本山参詣>
平成十年   永平寺(参加二十五名)
平成十一年 総持寺(参加二十五名)


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和紙財団法人 久昌寺保育園
     理事長:海野講栄  副園長:海野朋孝

 久昌寺保育園は昭和十三年(1938年)六月先代久昌寺住職海野義雄老師によって茶畑二丁目地内、十六羅漢公園に隣接して創立されました。当時は支那事変の争乱のさなかで、男手は軍隊に召され、男子の少ない家庭が多く、また戦争の犠牲となられた家庭の生活困窮や、子弟の育児などに悩まれる人々の救済に立ち上がり、何か役に立てばと、家族のために授産所を、育児のために託児所を開設し、昭和四十年に法人として認可を受け、財団法人久昌寺保育園へと発展し現在に至っております。
現在園舎を改築中で平成十二年六月完成予定であります。

新園舎: 鉄筋コンクリート三階建、延七百七十平米、園児は0歳から五歳まで 定員九十名

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